空海が高野山の奥之院・御廟に入定されてから86年後、その偉大な功績をたたえる「弘法大師」という贈り名(諡号)が授けられました。
この諡号(しごう)のために尽力したのが、平安時代の僧・観賢(かんげん)さんです。
今回の講演会では、讃岐に生まれた観賢僧正のご功績について全国で精力的に講演される「観賢僧正顕彰人」、鳴門教育大学の田中義人先生をお迎えし、知られざる「観賢さんの物語」をたっぷりお話しいただきます。
高野山の廟の中で、お大師様が知らせを受けた時のご様子とは⁉
様々な逸話とともに語り継がれるお大師様の「謎」を専門家の視点から解き明かします。
歴史ファン、お遍路ファンの方はもちろん、地元の歴史を再発見したい方もぜひご参加ください。
◆日時:令和8年5月24日(日) 10:40~12:10 (受付 10:20~)
◆会場:志度公民館 大ホール(さぬき市志度3779番地1)
◆講師:田中 義人 氏(鳴門教育大学 准教授)
◆参加費:無料(150名・事前予約制)
講演会を振り返って!
本講演会では、真言宗の祖・空海が「弘法大師」と称されるに至った歴史的経緯について、その中心的役割を果たした観賢(かんげん)僧正の生涯と功績に焦点を当て、観賢僧侶顕彰人・田中義人先生に多角的にご解説いただきました。
講演では、観賢僧正にまつわる史跡、伝承、文化財、さらには現代に続く顕彰活動まで、幅広い内容が紹介されました。冒頭では、小芝居を交えたり、参加者に「観賢さんを知っている方」と問いかけたりするなど、対話的で親しみやすい導入により、会場の関心を一気に引き込まれました。
【講演会の概要】
観賢僧正は、現在の香川県高松市鶴尾地区の出身で、幼名を阿古麻呂と伝えられています。
空海の入定から86年後に当たる921年、天皇への働きかけにより、空海に「弘法大師」の大師号授与を実現させました。講演では、この観賢僧正の功績が、現在に続く大師信仰の礎を築いたものとして紹介されました。
また、観賢僧正は菅原道真とも深い関わりがあり、道真の死後、各地の天満宮創建に先んじて903年にその衣装を祀る「衣装塚」を建立したと伝えられています。このことから、天神信仰の広がりにおいても重要な役割を果たした人物と論じられました。
さらに、醍醐寺に祀られる観賢像の印相にまつわる謎や、高松空襲時に観賢寺の山田澄円和尚が讃岐別院の御本尊を守った逸話、その功績を記した感謝状の発見、そして田中先生の活動の原点となった山田澄円著『観賢大徳御一代記』との出会いなど、具体的で印象深いエピソードも数多く紹介されました。
当日はスペシャルゲストとして、山田澄円和尚のご尊孫にあたる山田哲生氏にもご登場いただき、祖父・澄円和尚の思いや、観賢僧正顕彰に込められた願いについて語っていただきました。
講演の最後には、令和時代の新たな顕彰運動として、高野山奥之院に観賢僧正の石仏を建立する構想が発表されました。あわせて、「かんげんさんお広め隊」への参加を始め、広く賛同と協力が呼びかけられました。
本講演会は、讃岐ゆかりの高僧・観賢僧正の功績を改めて学び、その存在を後世に語り継いでいく意義を考える、大変貴重な機会となりました。
当日の配布資料はこちら!
おへんろつかさの会
〒769-2195
さぬき市志度5385番地8
さぬき市商工観光課内
TEL.087-894-1114
FAX.087-894-3444